「長年この仕事に携わり、『ご苦労さん』という章だと思う。大変ありがたい」。栄えある受賞を素直に喜ぶ。
商社マンから証券業界に転身して30年余。路地裏の株屋を、外資や大手がその動向を注目する全国屈指の地場証券へと育て上げた。
社長就任時、「会社は体を成してなく、箸の上げ下ろしまで監督官庁に指示される始末」。初め10年は体質改善に全精力を注いだ。
苦節の時だったが、振り返るとここで徹底した「地域密着」「顧客第一」の戦略が、その後の成長を支える。かつて切磋琢磨した全国の有力地場証券が次々に銀行傘下に入る中、独立系として生き残るのも、培った基礎体力が違う証しだ。
持ち前の実行力と指導力は、業界のけん引役としても光る。日本証券業協会四国地区会長は18年務めた。協会理事や証券戦略会議委員への抜てきも、地場証券の代表としては異例のこと。今年7月には同協会の「第1回ベスト証券人章」に輝き、功績を認められた。
今は、体調を崩し、自宅療養を続けるが、「課せられた使命は、地方に居ながら、世界市場の情報と投資のチャンスを提供すること」と、さらなる飛躍へ意欲は衰えていない。
受賞目前の10月、最愛の夫人を亡くした。「妻の支えあっての叙勲」。静かに感謝を重ねた。高松市番町。
2009年11月3日(火・祝) 四国新聞




